双子を妊娠していた2024年、私は出産前に管理入院をすることになりました。
当時、上の子は1歳9〜10か月くらい。少しずつ言葉が増え、「ママ」や「マミー」と呼んでくれるようになった時期でした。
管理入院で気がかりだったことの一つが、そんな上の子としばらく離れて暮らすことでした。
保育園へ送り出した朝が、一番寂しかった
管理入院が始まる日の朝。
いつものように上の子を保育園へ送り出しながら、
「今日からしばらく会えないんだな」
と思いました。
入院してしまえば、すぐに家へ帰ることはできません。
まだ1歳の子どもと離れて過ごすことを実感したのは、病院へ向かう瞬間よりも、保育園へ「いってらっしゃい」と送り出したときだったと思います。
あの朝が、一番寂しかった記憶があります。
母と妹が手分けして支えてくれた
私の管理入院中、上の子は実家で過ごしていました。
母や妹が手分けをして、保育園への送り迎えをしてくれました。食事や睡眠など、毎日の生活も家族に支えてもらっていました。
私がそばにいない状況でも、上の子がいつもの生活を続けられたのは、家族がいてくれたからです。
本当にありがたかったと思います。
夜7時、病院から毎日のように電話した
入院中は、夜7時ごろになると少し自由な時間がありました。
お風呂なども終わり、30分ほど余裕ができる時間です。
私はその時間を使って、毎日のように上の子へ電話をしていました。
長い時間話すわけではありません。
正直に言うと、上の子が寂しがっているから電話をしていたというより、私が上の子に会えなくて寂しかったから電話をしていました。
最初は照れて、少しずつ遊びに戻るようになった
入院して最初の2〜3日、画面越しに私の顔を見ると、上の子は少しモジモジしていました。
私だと分かっているけれど、スマートフォンの画面に大きく映る私の顔を見て、少し照れていたのかもしれません。
ところが、日がたつにつれて反応は変わっていきました。
電話がつながったときには「ママ!」と言ってくれるものの、そのあとは、すぐにどこかへ遊びに行ってしまいます。
私と離れたことを寂しがって大泣きしたり、電話を切るのを嫌がったりする様子は一切ありませんでした笑
名残惜しく思っていたのは、むしろ私のほうだったのかもしれません。
画面越しに、好きなものを見せてくれた
当時の上の子は、絵本や昆虫、植物が好きでした。
昆虫や植物の図鑑にハマっていて、電話中に画面越しに見せてくれたこともあったと思います。
病院にいる私の知らないところでも、上の子は遊び、興味のあるものを見つけ、少しずつ新しい環境へ慣れていました。
その適応力には驚きました。
同時に、安心もしました。
「この子も頑張っているから、私も頑張ろう」
電話をすると、上の子が実家で元気に過ごしていることが分かりました。
まだ1歳なのに、私と離れた場所で毎日を過ごしている。
母や妹に支えてもらいながら保育園へ通い、自分なりに頑張っている。
その姿を見ると、
「この子も頑張ってくれているから、私も頑張ろう」
と思えました。
私は寂しさを埋めたくて電話していました。でも、画面越しの上の子は、管理入院を乗り越えるための力も私にくれていたのだと思います。
久しぶりに抱きしめて「帰ってこられた」と思った
退院後、1ヶ月ぶりに上の子と会いました。
毎日電話していたからか、人見知りをしたり、私を忘れたような反応をしたりすることはありませんでした。
「あ、マミーだ」
というような、自然な反応でした。
上の子よりも、私のほうが再会を待ち望んでいたのかもしれません。
久しぶりに上の子をぎゅっと抱きしめたとき、
「はあ、よかった。帰ってこられた」
と思ったことを覚えています。
離れている間にも、子どもは育っていた
管理入院中、上の子と離れることは寂しいものでした。
一方で、私がそばにいない時間にも、子どもには環境へ慣れ、遊びを見つけ、毎日を過ごしていく力があるのだと知りました。
もちろん、それは母や妹が生活を支えてくれたからこそです。
家族の助けと、上の子自身の適応する力。その両方があったから、私は安心して入院生活を続けることができました。
今でも、子どもの成長する様子を見るたびに、私自身が励まされるのを感じます。
これからも、一緒に成長していこうね。


